SSブログ

夜明五戦士伝:弐ノ話 [Livly長編;夜明五戦士伝]

すみません^^;
一端下げて、手を加えておりました!
評価・感想などをくださった皆さんには
ご迷惑をおかけしました。
今回参ノ話と同時に再うpさせていただきます。
相変わらず長いです。何かありましたら突っ込みを
お願いします。


《 赤の国「深紅の城」、中央塔1F裏、馬小屋 》
突然の異常事態にはじめは戸惑い、暴れていた馬達も、今ではもう感覚が麻痺してしまったらしい。大人しく干し草を食んでいる。
しかしそんな中、馬小屋に集まった3名の若い家臣たちは苛立ちを隠せないでいた。
「今朝、居なくなっていたハマ殿の馬が西門に帰ってきたが…ハマ殿の姿は見えない…」
目線が1頭の馬へ注がれる。栗毛の馬は多少疲労していたものの、小屋で大人しく水桶の水を飲んでいた。
「…彼は…国を、我々を見捨てたのか!?」
「そういえば騎士団長のエルザ殿の姿も見えない…脳喰いにやられたという証言もあるが、彼が連れ去ったのでは?」
「仮に裏切っていなかったとしても…馬だけが帰ってきたという事は…もう…」
「前王と前女王は殺され、現王が敵の虜に…この国は一体どうなるんだ…」
馬小屋の主である白髭の老人は、パイプをふかしながら彼らの狼狽する様子を見ていたが。
「…落ち着きなされ。お若い人たち」
埋もれるように座っていた干し草の山から身を起こしながら、立ち上がった。
「今の状況で何故落ち着いてなどいられる筈が…!」
「貴方がたがぐらついては、ニーナ様もハマ様もエルザ様も為すべき事も為せませぬ…」
「馬番が!お前に一体何が分かるというのだ!!」
言葉が届いていないかのように苛立ちを露わにする3人に、老人はため息をついた。
「…ほら、やはり私が言っても無駄というものですよ…」
そして持っていた杖で干し草の山を叩く。干し草とは思えない「ガンガン!」という金属音と共に彼ら全員に聞き覚えのある声が少々くぐもり気味に響く。
「そうみたいだな…あ~面倒臭ぇ…」
干し草の山の下の部分が四角く「がばり」と持ちあがる。這い出してきたのは干し草まみれになった現王だった。
「「「げ…現王様ぁぁっ!!?」」」
「全く…行動的になられましたな。ハマ様たちを送り出してから…」
「あの2人も居ねぇし…今までみたいに引きこもってばっかもいられねぇだろうが。…城内や町の不安を煽っちまいそうな連中も居そうだしな」
王冠もローブも身につけず、完全に私服姿の王が干し草をはたき落としながら立ち上がる。
驚きのあまり呆然と立ち尽くす、若いとは言っても自分より年上の家臣たちに、そうしながら言葉をかけた。
「訂正しておくが…ハマは臆病者じゃない。卑怯者じゃねぇし、見た目ほど弱くもない。そして、あいつを送り出したのは俺だ」
「え…」
「力じゃ勝てねぇ事くらい分かり切ってるって…心まで負けちまったら終わりだろーが。しっかりようぜ、互いにな…じゃ」
「ニーナ様、見つからぬよう…」
「そんなヘマはしねぇ」
後ろも振り返らず去っていく若い王と冷静な馬番のやり取りを、3人の家臣たちは茫然と見送るしかなかった。

《 ミディーバル町付近、深緑の森 》
「知ってると思うけど、ちょっとはダメージ与えられるけど、普通の人間に脳食いは倒せないんだよね~」
「とっくの昔に理解していますよそんな事…!」
ハンドルを握ったこのみにハマは必死で平静を保ちつつ返した。
「普通は巨大な音で追い払い、それが効かない高知能の脳食いと接触した場合はとにかく逃げる。感傷的になって攻撃せず、逃げる。対処の基本です」
「うん。だよね…普通はね…」
「ただ、エルザ様は少々…血の気が多いというか…騎士道精神がから回るというか…」
2人は同時に窓の外を眺める。LOUE & PEACE号の前大剣を構えるエルザを、軽く3ダース程の猪型脳食いが半円に囲んでいる。ちなみに、周囲の草むらや木の影にもぎらぎら光る瞳が見えたので、全方位で囲まれているのが分かる。
「フォフォフォ…オロカナニンゲンメ、ヒトリデナニヲシヨウトイウノダ…」
エルザのちょうど真正面、ひときわ大きな猪が嘲笑う。こいつがボスらしい。それにあわせて他の猪たちもブヒブヒと鼻を鳴らす。 エルザは右に構えた剣を、明らかに自分よりも大きなその猪に真っすぐ向け、叫んだ。
「群れでしか動けぬ猪め!まとめて串刺しにしてやろうか!」
「何でエルザくんがあそこに居るの!ハマくんが見張っているはずだったでしょ?」
右手の人差指でエルザをちょいちょい、と示しながら首をかしげるこのみに、気まずそうに頭をかかえながらハマが答える。
「あーいやその…不意討ち食らって一瞬気絶して…恐らく窓から飛び出したのでしょう…」
「う~ん…怪我人の行動にしてはアグレッシブだよね~ホント」
「いや本当に…って!今はそれどころじゃないですって!」
ハマはこのみと、自分自身に突っ込む。実際、事態は大変に緊迫しており、エルザの言葉に怒った猪たちは今にもエルザに襲いかかりそうである。
またエルザはエルザで右手に剣、左手にいつの間にか取りだしたウォーハンマーと、完全に臨戦態勢で、今にも特攻してしまいそうだった。
「このバスも抗脳食いの装備はあるから万が一の時はそれを使って…でも…!」
状況がいきなり緊迫したことに少し慌てたような様子のこのみだったが、ふいに黙りこむ。
「このみ…さん?」
「…多分大丈夫だよ」
「大丈夫って…エルザ様には脳食いは倒せないんですよ!?」
焦るハマを制して、このみが微笑む。
「ここの気配を感じとってもらえたみたい。近いっていうのはわかってたんだけど…」
このみが言いかけた瞬間、目の前に砂煙が巻き起きた。
「エルザ様!?」
「先にあっちが見つけてくれたみたいだねぇ」
砂煙がおさまりはじめ、バスを降りた2人は少し霞んだ周囲を見渡す。
そこらじゅうに倒れる猪たちは残らず腹の部分から真二つにされている。
命を喪った猪たちの中には、もう白い塵のようなものになり、朽ち果てようとしているものもあった。
「…これは…?」
「脳喰いって、死んだ後はチリになっちゃうんだよ。不思議だよね!」
「初めて見ました…」
バスの前まで行ってみると、大きな猪の頭を見つめながら立つ2つの人影が見える。
1つはエルザ。背中をバスに押しつけられるようにして庇われたようだった。
そしてもう1つは若い男。白い長袖開襟シャツに黒ズボンという昔風の学生服を着た紺髪の青年だ。彼は巨大な鎌の紫色の刃を猪の頭の方に向けていた。頭の部分は辛うじて命をとりとめているようだ。頭の部分が、大量の血を吐きながら、苦しげに叫ぶ。
「バ…バカナ…!コンナ…ニンゲンゴトキニ…マサカ、キサマァ…!」
「うるせーよ。黙っとけ」
青年が非情に言うと同時に、鎌が頭の奥―恐らくは胴体へと向かう。生肉を無理矢理に切る「グシャァァ!」という音と「ギャアァァ!」という断末魔の悲鳴が上がる。
「…ったく」
2人の気配に気が付いたらしい青年が、顔だけこちらを向く。赤い瞳と左目の傷が印象的だ。
「お前らこんな危険なトコでなーにうろついてやが…って、このみ?」
このみと知り合いらしいその青年が、気の抜けたような声を出す。
「ツォルンくーん!久しぶりぃぃぃ!」
「離れろ暑い!」
抱きついてきたこのみに押し倒されかけた青年は、恐ろしいバランスで体勢を整え、自分の身体からべりっと剥がした。
「ツォルンくんは相変わらずつれないなぁ!ベルフェくんは元気なの?」
「さっきの様子見てりゃ分かるだろーがよ!その前に状況掴めねぇから説明してやってくれ。こいつら誰だよ。ってかお前何でここにいるんだよ」
このみの背後のハマとバスに寄り掛かるようにして立つエルザを示して、青年は眉間に皺をよせる。一方、示された2人もいまいち状況を掴めていないらしく、ちらちらとこのみの方に目線をやる。少しむくれていたこのみが「あ!」と思いだしたような声を上げた。
「あ~忘れてた。えっと…エルザくん、ハマくん。この人はツォルン=レジネス―ふたりが探してる『五戦士』のひとり、木行の戦士だよ」
2人はいっせいに、目の前の青年へと目を遣る。
いきなり目の間に現れた伝説の戦士は頬をかったるそうに掻きながら「あ?」と鋭い視線を3人に向けた。

《 ミディーバル町付近、『LOVE & PEACE号』内 》
窓際に置かれた白のカウチソファへ腰を下ろしたツォルンは、このみへ包帯を巻くよう指示した。
「あれ~?ツォルンくんが聞くんじゃないの?」
「細々した話は面倒臭ぇ…俺は今すごい眠いんだ。それにベルフェの方が得意だろ、こういうのは」
このみが手に白い包帯を持ってツォルンの横に腰を下ろす。ツォルンはこのみの方に顔を向け、目を閉じた。怪我もしていないのに何故包帯を巻く必要があるのか、ソファの前に立って2人のやり取りを見聞きしていたエルザとハマは不思議でたまらなかった。戸惑っている間に奇妙な事が起こった。ツォルンの左目が傷ごと包帯に隠されていく過程で叙々に彼の気配が消えていき、代わりに別の誰かの気配が濃くなっていったのだ。
「一体どういう…」
「ツォルンくんがベルフェくんに戻っていってるんだよ」
ツォルンの横に座って、顔に包帯を巻きながらこのみが答えた。先ほどから出てきている「ベルフェ」という新たな人名と、このみのあまり説明になっていない説明に、2人はさらに戸惑う。
「できたよー!」
包帯が巻かれ、完全にツォルン以外の「何者か」になった青年は目を瞑ったまま2、3度頷き、ゆっくりと立ち上がる。
「うん…良い感じ。ありがとう、このみ」
「ベルフェくん久しぶりー!」
飛び付いたこのみを首元にまとわりつかせたまま、2人に向かって一礼した。エルザたちと初めて目が合う。包帯の巻かれていない右目は―青色だった。
「はじめまして」
先ほどとは全く異なった声の調子で穏やかに、しかしはっきりと、名乗った。
「僕はベルフェ=レジネスです。先程はツォルンがお世話になりました」
エルザは理解できない状況に思わず棒立ちになり、ハマはベルフェとこのみを交互に見返す。このみと目が合った。
「つまりこういう事だよ☆」
いや、こういう事って…突っ込みたかったが何故だか気力が起きないハマであった。

「子供の頃、僕が病弱で1回死にかけたんです。でもツォルンが自分の命と引き換えに、助けてくれました。…ツォルンの魂が僕の中に生きている事を知った時は驚きましたけど、嬉しかったですね」
「双子の成せる技だよね~」
「それは…そういう認識で良いのか…?」
このみの能天気な言葉に、エルザが頭を抱える。ハマは慣れ切ってしまったのか静かにコーヒーを飲んでいた。2人とも少し前に、近くにあった分割ソファを1つずつ引っ張って来ている。「座らなくて疲れませんか?」というベルフェの言葉にようやくハッと現実に戻ってきたのだ。先ず赤の国の状況を説明し、協力の約束を取り付け(彼は当然のように快諾した)、ベルフェの特殊な状況について話を聞いていたのが現在までの状況である。
エルザの危機を救ったツォルンは、元々ベルフェの双子の兄であり、現在は戦闘時の時だけ表側に現れる―つまりは兄弟の魂が自動的に1つの身体を使い分けているという事らしい。包帯を巻いている時はベルフェだが、包帯を外した瞬間にツォルンになる…というのがベルフェの言であり、あの包帯巻きの意味がようやく理解できた赤の国の2人だった。
自分たちの話をするのが少し恥ずかしかったのか、それともそんな場合ではないと考えたのか、ベルフェが話を変える。
「それにしても、赤の国がそんな事になっているとは…」
「そういえば、ベルフェくんはこんなトコで何してたの?」
このみが首を傾げたまさにその時だった。
「うぉ!?何やぁこりゃあ!?でっか!」
「脳喰いの灰があるけ、この辺おるやろ?」
「ツォルン、こっちんほう走って行ったよなぁ?」
赤の国では聞かない、独特のなまりを帯びた男たちの声がバスの外から響く。ツォルンは思わず「あ」と声を上げた。

《 赤の国領内、ミディーバル町、宿屋兼酒場「木の戦士」 》
「ツォルン…依頼主ほっぽりだしていくとかありえない…!」
「気にせん気にせん!俺ら無事やったけん。なぁ!」
ちょっと凹むベルフェの肩をばんばん叩きながら、よく日焼けした中年の猟師の男が仲間に呼びかける。彼らもゲラゲラ笑いながらそれに快く応じる。
「まぁほら!最後の夜だ!酒でも飲まんか!?」
「あ、いや僕は…」
「ノリが悪ぃなぁ!ほら、眼鏡のにーちゃんも!坊主も!」
「いや俺も遠慮します…」
「おれ坊主じゃないよ~!」
賑やかな背後のテーブル席を見ながら、カウンター席のエルザは不思議な気持ちになっていた。目の前に居るのは確かに500年前世界の救った「五戦士」のひとり。先刻助けられ、その実力は思い知った。しかし…こうしてみると、ごく普通の青年にしか見えない。

 ミディーバル町は赤の国と比べると大変こじんまりとした町である。2重城壁の町であり、外側の第1城壁内の土地は田畑と畜産で用いられている。日々の脅威は四方を囲む深緑の森から迷い出る脳喰いくらいのものらしい。全体的に楽観的で活気ある雰囲気の町であり、町唯一の宿屋にして酒場である「木の戦士」1階部分の酒場には仕事が終わったらしい老若男女がごちゃごちゃと大勢集まり、さも愉快そうに酒と料理を口に運んでいた。
 
 店の女将が近づいてきて、エルザに話しかける。
「あの子にあんたらみたいな友達が居るとはねぇ…想像つかなかったよ」
エルザは女将に果実酒の縦長いグラスを渡され「あ…」と女将の顔とグラスを交互に見た。
「サービスさ。それともアンタも未成年?」
「あ、いや…ありがとう。頂きます」
自家製のもの独特の、強い果実酒をちびちびとやるエルザに女将は微笑みかける。彼女はベルフェの下宿先も買って出ていたらしく、先刻の町長との面会にも同席していた。
「はじめはねぇ…せめて牛とか豚とか喰われる被害がちっとでも無くなれば…って、あたしらもベルフェを雇ったんだよ。でも…あの子は、この町を脳喰いから救ってくれた。居なくなると寂しいし…心配だけどねぇ…」
「すまない…」
町長は非常に性質のいい人であった。エルザとハマによって伝えられた赤の国の状況を我が事のように悲しみ、ベルフェが赤の国へ同行することにしたと伝えると残念がったが、最終的には快く了解した。
「いいって。無理しなさんなよアンタも…ベルフェに任せりゃ大丈夫さ。あの子の鎌のひと振りで100匹の脳喰いがメッタメタに…」
「お、女将さん止めてください…!」
逃げてきたベルフェがエルザの横に座りながら、女将を止める。女将が豪快に笑いながら「何照れてるんだい!」とベルフェの背中をバン!と叩いた。
「100匹は無理です無理!…あの、お水良いですか?」
あいあい、と楽しそうにカウンターの奥へと向かった女将の後ろ姿を見ながら、少々疲れた、でも楽しそうな微笑みを浮かべたベルフェにエルザが尋ねる。
「女将さんは、ベルフェ殿がその…」
「五戦士であることは知りませんよ。例えとして出したんでしょうけど…」
しばらく黙っていた2人だったが、不意にエルザがベルフェに尋ねた。
「そういえば…ベルフェ殿、我々のような普通の人間が脳喰いを倒す方法…というものは無いのだろうか。あるのならば、その方法を残してゆけば…」
「無理ですね」
ハッキリと言われ、エルザは思わずガクっとこけてしまう。
「脳喰いは身体の中にある『核』というものを壊せば倒せます。しかしそれは身体のどこに有るかが分からない…普通の人間だと『核』を特定するまでに逆に返り討ちにされてしまいます。しかも『核』は並の武器で砕くことは不可能です」
「成程…つまり五戦士には、それが見え、且つ砕けると?」
「見えるというか…『核』がどこにあるかが感じ取れます。そしてそれを、より強い力で砕く…これが五行の力です」
その時、女将が水を持ってきた。話はそのまま終わり、エルザは微かな違和感を感じたが、あんまりにも小さな違和感だったため、ベルフェや女将の話に参加したり、逃げてきたこのみとハマと、猟師たちとの騒動に巻き込まれたりする内に忘れてしまった。

《 赤の国領内、ミディーバル町、宿屋兼酒場「木の戦士」、宿の2人部屋の1室 》
夜も随分と更けた頃である。4人はハマとこのみに割り当てられた2人部屋に集まっていた。そんなに広くはない部屋である。水の入った洗面桶と木のシングルベッドが2つ、窮屈に置いてあった。ベッドの頭の方角の窓からは満天の星空が見える。ベッドの上で靴を脱いだハマとこのみそしてベルフェが星を眺め、ベッドに腰掛けたエルザが彼らの背中を見ていた。
「ハマは本当に星の観測が好きだな…」
ナップザックから小型の望遠鏡を取り出したハマに、エルザが苦笑いを隠さず言った。
「ただ趣味という訳では…一応、実益も兼ねてですね」
「星の動きを読んで、色々な事を占うんだっけ?」
子どものようにベッドに膝で立ち、開け放した窓から身を乗り出していたこのみが、へりの部分を譲りながら尋ねた。かつてホロスコープと呼ばれていたものとよく似た円形板を数枚取り出しながらハマは頷く。
「占い、といいますか…ただ最近の天文学者たちの研究で、脳喰いの活動周期と星などの動きが一致しているという話もありますし、念のために」
「だから『実益を兼ねて』って事なのか」
2人から少し離れた所で、ベルフェが胡坐を掻いてベルフェが呟く。納得したような彼の独り言に、エルザが少しイタズラっぽく返す。
「とは言っても、ハマの場合明らかに趣味だろう。なんせ幼い頃からずっと星ばかり眺めていて、一度など城に帰らず大騒ぎになったしな。星オタクだ」
「ちょ…エルザ様…」
過去をばらされ慌てるハマの様子に他2人が笑う。
そんな時、突然このみが停止した。動き出して真っ先にベルフェの方に視線を遣る。
「ベルフェくん…気付いた?」
「…うん。気付いてる…多分このみ程じゃないけど」
様子の変わった2人に、エルザとハマは即座に理解する。
「…脳喰いか…!」
エルザが低く唸り、ハマが眉間に皺を寄せる。
「昼の、仕返しですか…」
「多分そうでしょう…けど…このみ?」
「ん~…確かに…確かにそれもある、けど…何か違う気配も…!」
「何か違う気配?」
その時だった。ドアが激しく打ち鳴らされる。
「ベルフェ!居るかい!?」
ハマがベッドから飛び降り、急いでドアを開ける。真っ青な顔をした女将が倒れるように部屋へ飛び込んできた。
「女将さん!」
「脳喰いが…脳喰いの群れだ!脳喰いの背中に人間が乗っかって…みんな人質に…!」
ぶるぶると震えながら、ハマに支えられた女主人はそこで気絶してしまう。それと同時に階下から怒号が響いた。
「おい!ババア!泊まってる連中も全員引っ張ってくんだよ!早くしねぇとココごと全部燃やしちまうぞ!!」
「…何か違う気配…ヒューマン型!?」
このみがハッと声を上げる。そんな階上の様子も知らない様子で、口汚い怒号は続いていた。4人は頷き合う。
「とりあえず…行くしかなさそうだね」
「ああ…」
ベルフェにエルザが返事をする。このみはすとんと床に下りて、ハマは女主人を背負った。

《 ミディーバル町、中央広場 》
町のシンボルとなっている時計台の真下に位置する中央広場は、ミディーバル町の中心地である。普段は市が立ち明るく賑やかな場所であるが、今日はまた異なった賑やかさに支配されていた。人々は全員この広場に集められ、身を寄せ合って座らされていた。そこから少し離れた場所を猪や牡鹿、熊といった獣型脳喰いがぐるりと取り囲んでいる。その獣たちの中、1頭の巨大な猪にまたがる奇妙な存在があった。
具体的に言うといかにも短気そうな、若い男である。
男は片手に持った農作業用の草刈り鎌の背をもう片方の手にポン、ポンと当てながら、ニヤニヤ笑っていた。彼の目線の先には追い詰められた郡民たちを守るように男を睨みつける初老の男性―ミディーバル町の町長が居た。
「すまん、ベルフェ殿…皆さんも、巻き込んでしまいまして…」
男を睨みつけながら、彼は小声で謝罪した。
「いえ…元々僕らが蒔いた種でもありますし…何とかします」
すぐ目の前の若い男を刺激しないようベルフェが返す。エルザは男をきっと睨みつけ、ハマは背中で未だ気絶する女主人を気遣いつつ様子をうかがう。ベルフェはこのみにそっと耳打ちする。そんな彼らを気にする事なく、男は全ての人々を見下した様子で笑った。
「しっけたツラだなぁ!おい!」
男の下品な笑いにつられ、周囲の獣たちも笑うように鳴いた。恐怖に駆られた数人が悲鳴を上げた。男は人を馬鹿にするような笑顔のまま大声で宣言する。
「螺旋の民、切り込み部隊が1人!今ここにミディーバル町を完全支配下に置いた事を宣言するッ!!今日からこの町は救世主ホォリィ率いる螺旋の民のモンだぁぁっ!!」
民衆がざわつく。突然の宣言にある者は茫然とし、ある者は憤り、しかしそれらは全て周囲の脳喰いたちによって制されていた。エルザが怪訝な表情を浮かべる。
「螺旋の民…?」
「救世主ホォリィ?…一体何者なんだ?」
ハマも首を傾げる。
そんな中、男はいきなり落ち着いた様子になり、胸の前で十字を切ると両手を結んだ。
「救世主よ…我らに安息の地を与えてくださり感謝します…」
それも一瞬で、男は再び凶悪な笑顔浮かべる。そうしてぐるりと周囲を見渡す。
「お前らは今日!今!この瞬間から!俺たちの奴隷でエサだぜぇぇい!!ヒャーハハハ!」
「そうはいかないよ」
エルザの横に学生服の脚が見えた。見上げると、一見ひょろりとした学生服姿の青年が立ちあがり、ガン垂れる男と睨みあっている。
「…何だテメェ…あ!?てめぇ猪部隊を潰しやがったクソ野郎だな!」
「その節はどうも…君の猪だったのか。後、実際はあれ僕じゃないんだけど」
ベルフェの姿を認めた民衆の中から歓声が上がる。
「…ただの人間じゃなさそうだがな…でもオレに勝てるとでも思ってんのかぁ!?ああ?ムカつくからお前殺す!ついでに全員殺してやるよ!!」
男は鎌を高く掲げた。民衆の中から悲鳴があがる。
それは本来、獣たちを動かす合図だったのだろう。しかし獣たちはぴくりとも動かない。男は突然の事態に焦りを隠せない様子だった。
「何が…起こりやがった!?」
「…常々疑問なんだがなぁ…」
これまで丁寧だったベルフェの口調がいきなり粗野になる。巻いていた包帯を無造作に握り取る。それが合図だったかのように、ぴくりとも動かなかった獣たちが倒れ始めた。倒れながら白い塵と化していく。男は真っ青になった。
「んな…!?」
「何でこう…小物ほどよく喋るのかねぇ。まぁ、おかげでお前の獣たちを瞬間移動で倒しまわったのもバレなかったし、助かったけどな…」
「ツォルン君おつかれ!」
頑張って!と横でガッツポーズするこのみの横で包帯をかなぐり捨てた赤い瞳の青年―ツォルンは叫ぶ。
「こっちから行かせてもらうぞ!」
その瞬間、男の両腕と、男がまたがっていた猪の首がすぱっと裁断される。
猪はあっという間に絶命し、塵と消えた。男はそのまま背後に飛びのいた。
いつの間にかツォルンの右手には紫の刃の鎌―「パーガトリー・デスサイズ」が握られていた。
民衆は「何が起きたのか」としばし呆然としていた。
全ての時がほんの一瞬だけ止まる。
その時、広場に声が響いた。
「全員!後方に退避しろ!!」
エルザの凛とした声が時を動かす。
人々は男から離れるように後方へと避難をはじめた。
その流れに逆らい、鎌を構えたツォルンが男へ向かっていった。
男は何とか生えてきた腕で自らの草刈り鎌を握った。が。
「遅いッ!」
ツォルンによって腕を再び切られた男は、時計台の壁まで追い詰められる。首に鎌を突き付けられ、目を見開き恐怖していた。
「な…何なんだよ…おまえ…!?何なんだよぉぉっ!!」
「馬鹿か。ただの学生だっての」
少し呆れたようなため息をついたツォルンは、鎌を構えたまま事も無げに言った。
「ただ『木行の戦士』になっちまった…って事以外は、ただの学生で、旅人だって」
「おおおおおおっ!?おおおおお前ぇぇぇ!?」
男はガタガタと震え始め、人々がざわざわと騒ぎ始める。
このみとエルザに引きずられるように避難した町長が目を見開き、タイミング良く目覚めた女将が茫然と呟く。
「本物の…『五戦士』…?」
背後の騒ぎなど気にする様子も無く、ツォルンは男に訊ねる。
「…螺旋の民って何だ?救世主ホォリィは何モンだ?」
「いっいっいっ言うかよ!!」
震えながらも粋がった男は叫んだ。そのまま顔を背ける。
「そうか…」
少しだけ上を仰いだツォルンが、ぎん!と男を睨みつける。
その双眸は赤でも青でもない―混じりけのない緑。
「…じゃあ、倒れとけ!!」
叫ぶと同時に強烈な緑色の闘気が全身を包む。その闘気に呼応して、男の右肺のあたりがぼやぁ…と白い光を放つ。ツォルンが鎌を持っていない方の左手を男にかざしそのまま上へ掲げる。まるで服の襟でも掴まれたように、男の身体が浮かび上がる。
「そこか!」
緑の闘気が乗り移った鎌の刃が横に薙がれる。白い光が砕かれる。
男は断末魔の叫び声を上げた。
「ば…化け物めぇぇっ!!」
その身体がまっ2つに断ち切られ、白い塵となり、霧散した。
僅かな残滓を浴びながら、ツォルンは小さなため息を吐く。
「お互いさまだろうが…」
そして、血の一滴もついていない鎌をぶん!と振った。

《 赤の国領内、ミディーバル町付近、『LOVE & PEACE号』内 》
「…疲れた」
五戦士の旅立ちを盛大に見送るミディーバル町を大急ぎで抜けてきた一行の第一声は、ツォルンの一言であった。耳栓を外しながらげっそりとしている。
「それにしても…あの男が言っていた『螺旋の民』と『救世主ホォリィ』とは、一体…」
「…赤の国の侵略にも関わっているのか…?」
赤の国の2人の疑問を、ツォルンはあくび混じりで「さぁな」と切り捨てる。
「とりあえず後の4人と合流しないとね~」
運転席からこのみの声が響く。彼はもう2人目の気配を感じており、その方向へと移動をしているようだ。ツォルンは再び耳栓をつけると、2人に背を向けて寝転がった。
「後4人…」
エルザは自分でも驚く程、心細げな声で呟く。後どれ程の時がかかるのか…
「大丈夫ですよ。エルザ様」
ハマに声をかけられ、ハッとして横を向く。
「確証は無いですけど…でも、きっと大丈夫です」
…今自分が暗くなっていてもしょうがないのだ。エルザはまた正面を―背中を向けて寝息を立て始めた青年の姿を見ながら、大きく頷いた。

五戦士集結まで、後4人…

nice!(7)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:LivlyIsland

nice! 7

コメント 1

おとぎ

記事がなくなっていたので心配してました(´・ω・`)
更新お疲れ様です。実はほぼ毎日見に来てます。
これからもがんばってください!
by おとぎ (2011-09-25 23:59) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。