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夜明五戦士伝:四ノ話 [Livly長編;夜明五戦士伝]

お久しぶりです! m(_ _;)m <マジすみません!
そんな訳で四ノ話です。
…言い訳は後からまとめて書こうと思います。

今回からの試験的改造点

・サブタイ無くしました(後から他のも消しておきます)

何か分かりにくいわ~、と思われましたらご指摘お願いします。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西門行き大路 》
ブルージュ国に入った5人は、いきなり囲まれていた。
フレイシアが腕組みし、その肩にストールのように巻きついた毒蛇のアレキサンダーが周囲に向かって威嚇をしている。構えているのはアレキサンダーだけではない。争いの気配を感じ取ったツォルンはパーカートリー・デスサイズの刃を構えている。エルザも、剣は抜いていないものの柄には手が掛っている。ハマの手は無造作に腰元のバンダナに―その下に隠された2丁の拳銃に遣られている。4人は戦闘能力をほぼ持たないこのみを守るように外に向かって円形に立って、周囲を取り囲む人々とにらみ合っていた。
ツォルンが「…で?」と低い声で唸る。
「まだ入国してン分も経ってねぇのに、何でこんな扱いになるんだよ?おい」
彼らを二重三重に取り囲む人々の群れの中から、幾つかの罵声が聞こえてきた。
「どうせお前らも金で奴らに雇われてるんだろ!」
「サイローの犬どもめ!」
一触即発の危険が増した人の群れの中、フレイシアは背中を向けたままエルザに呼びかけた。
「…エルザ。アンタの『知り合い』とやらは物凄い勢いで恨まれてるみたいよ」
「…嫌な予感は、していたのだが…」
柄に手を触れたままのエルザが、うんざりといった口調で返した。

《 前日、ブルージュ小国付近、深緑の森、『LOVE & PEACE号』内 》
話は前日夜に戻る。5人はLOVE & PEACE号内で打ち合わせを行っていた。
「明日の昼には次の町に着きます」
ベルフェが机の上にひかれた地図の一点を指差した。それを見て、エルザとハマが同時に「あ」と声を上げた。他の3人がエルザとハマを見遣る。
「…ブルージュか…」
呟いて、エルザが眉間に皺を寄せた。このみはさらに不安げな表情を浮かべた。
「え、エルザ君?大丈夫?どっか悪い?」
「苦手なヤツが居るって顔ね」
エルザの横に座ったフレイシアがはっきり言うと、このみが「そうなの?」と首を傾げた。黙って頷いたエルザの代わりに、苦笑いを浮かべたハマが答えた。
「ブルージュ小国現統治者のサイロー様は、エルザ様を慕っておられるのですが…ひと言で言ってしまえばエルザ様とは合わないんです。その…」
「自分の利益しか考えない小物だから反りが合わない?」
フレイシアが間髪入れず言うと、エルザが「あー…」と頭を抱えてしまった。
「…でもここに3人目の五戦士居るよ?」
このみの困ったような声にエルザはさらに頭を抱えてしまった。
「…まぁ、会わなければ良いのですよ。わざわざ…会わなかったら、良いけど…」
ハマがエルザの肩を叩きながら不安げに呟いたひと言は、誰の耳にも届いていた。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西門行き大路 》
人混みがざわつきはじめた。何やら様子がおかしい。ハマが首を傾げた。しばらくすると、ちょうどハマの目の前の人混みが開け始めた。ぴょんぴょんと飛び跳ねていたこのみが「あ~っ!」と叫ぶ。
今では珍しい東洋系の青年。紫色の、細身の男性用チャイナ服をまとった男。動くと腰紐の先についた鈴が「しゃらん」と鳴る。一見腕は立ちそうにないが、彼の顔半分を覆うような傷がその平坦ではない人生を容易に想像させた。1人きりで歩いて来る彼に対して、人混みが先刻とは異なるざわつきを見せる。そんな中。
「人夢くーん!ひっさしぶりー!!」
特に空気は読まずこのみが明るい声で手を振った。人夢と呼ばれた青年は、非常に自然な様子で手を振り返す。人混みはさらにざわつく。
「…無蝶さんの知り合い?」
近づいてきた人夢に円陣の中央を抜け出したこのみが突進し抱きつく。
「人夢くーん!」
「このみ、久しぶり。…何をしに来たんだ?君の今の本拠地から此処までは随分遠い筈だ」
そんな2人に緊張を解いたツォルンとフレイシアも近づいて行く。
「懐かしいわね~」
「よぉ人夢」
「ツォルンに…フレイシアまで居るのか?」
ざわつく民衆の中、警戒を解いたエルザとハマは頷きあった。
「状況把握はいまいち出来ていないが…恐らく3人目の五戦士なのだろうな」
そうして、再会を喜ぶ4人の方へ歩いて行った。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西南地区 》
薄汚れ、雑然とした町である。2階建ての建物が多いためか日が届きにくい。本来もっと大きくあるべき町を、無理矢理狭い場所に押し込めているような有様である。人夢を先頭に、6人は細い道を進んでいく。数人の子供たちが走りながら器用に横をすり抜けていった。
「ケイツイさーん!こんにちわー!」
その中1人の子供が大きな声であいさつして通り過ぎて行く。
「アンタ、訂正してないのね」
フレイシアがちょっと笑って、前の人夢に向かって少し声を張り上げた。人夢が「ん?」という表情で振り向く。すぐ後ろを歩いていたツォルンが呆れたように説明した。
「お前、また『白蝶蛍追』の方で呼ばれてる」
「ああ…この小国は人が多すぎて、訂正するのも面倒だ」
「え…」
しんがりを歩いていたハマが戸惑ったような声を上げる。「あ」とツォルンとフレイシアが思い出したように、今度はハマと、戸惑ったような表情のエルザを見遣る。
「…『ハクジョウ・ケイツイ』という名前では…なかったのか?」
「人夢、せめてこの2人には訂正しておいて。後々面倒だから」
フレイシアに言われ「そうだな」と人夢は頷く。
「俺の本名は『ムコウ・ニム』だ。『無光人夢』。ついでに『金行』の五戦士だ」
エルザもハマも、彼の口からその名前を聞いた瞬間に、何かにはっと目覚めた感に襲われた。
「はじめは驚くよな」
「よくよく考えてみたら、名前なんか全然聞いてないんだけどねー」
ツォルンとフレイシアが懐かしそうに2人の様子を見ている。ハマが首をひねった。
「しかし何故、こんな不思議な事が?」
「『白蝶』のせいだ」
人夢があっさりと答えた。あまりにもあっさりしすぎていたので、頭の上に疑問符を飛ばす2人に人夢は丁寧に説明しようとする。
「『白蝶』は災厄の名前だ。…もっとも、人に俺のことをそう呼ばせたがるから俺が勝手にそう呼んでいるだけだが。俺には、災厄が『黒い霧』のような姿に見える。だから追われ、こういった嫌がらせのようなものも受けるのだろう」
「分かったような…分からないような」
「…世の中は広いな。ハマ」
許容オーバーの情報に2人の脳内がショートしている間に、人夢の仮住まいに辿りついた。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西南地区、アパート2階、人夢の部屋 》
恐ろしく狭い部屋だ。6人も大人が入ればすし詰め状態。当然というか、昼間にもかかわらず部屋は暗い。前世期に建てられたコンクリート打ちっ放し様の部屋で、備え付けの水の通っていない台所とバストイレ以外に特に家具は無い。せいぜい部屋中央に置かれた小さな机とベルフェがたった今立ちあがった古い木椅子、フレイシアが椅子代わりにしているシングルベッド、そしてエルザが椅子代わりにしている水用の樽程度だろう。
「皆が来るとは思わなかったからな。広い部屋を貰っていればよかったかもしれない」
不便な部屋で慣れたように火を起こし、魔法のようにお茶を淹れた人夢が、お盆を机の上に置く。お盆の方が机より大きかった。
「そういえば随分慕われてるみたいね?」
フレイシアがお茶に手を伸ばしながら少しからかうように人夢に尋ねる。自分の分のお茶を無造作に取りながら、人夢は黙って頷いた。
「ひょんな事から脳喰いを倒してしまって、それ以来だ…英雄扱いはどうにも慣れない」
「…そういえば何故、こんなにも第1城壁内で暮らす人が?見たところここは2重城壁型の筈なのに」
お茶を飲みながら、包帯を巻きなおしたベルフェが首をかしげた。
ベルフェが少し前まで用心棒をしていた町は2重城壁型で、この時代では典型的な国などの形である。その名の通り高い2重の壁を用いている。脳喰いから身を守るという役割を果たしていて、当然第2城壁内の方が安全であり、通常は多くの人々が第2城壁内に暮らすはずなのである。
「元々は多くの人間が第2城壁内で暮らしていたらしい。ある日を境にいきなり一定の身分以下の者は全員追い出され、現在に至っていると…今あちらへ行くためには一定の身分と、あちら側の上流階級からの招待が絶対条件だ」
「…私の予想だが」
エルザが、他の5人に背を向けたままぼそりと呟く。
「…それを行っているのは此処の統治者のサイローか?」
「まるで見てきたようだ」
少し驚いたような声で人夢が「正解」と同意味の言葉を発する。エルザが腹立ち紛れに「ドン!」と窓縁を叩く。人夢は頷きながら「成程」と呟いた。
「皆が此処までやって来たのは…彼等のためか」
彼等、と言いながら人夢がエルザとハマに―正確には2人の背中に目を遣った。このみが神妙な面持ちで頷き、ハマが自分たちの身の上と赤の国の事情について詳しく話した。
「どうりで。ここ最近色々な場所で『白蝶』の気配が激しいと思った…手伝うしかなさそうだな」
「あら珍しい」
「即決?」
フレイシアとベルフェが驚いたような声を上げた直後。
「…と、良いたい所だが」
「人夢く~ん!?」
「いや手伝わないという訳でなく…このまま出て行き辛いという事だ」
半泣きですがりついてくるこのみの頭を撫でつつ、人夢が釈明する。
「常に脳喰いに襲われていた住民たちにとって俺は希望らしい。せめて脳喰いの不安を何とかしてから…」
「サイローめ…!」
唐突に、地獄の底から湧いてきたかというような声が響く。それは振り向きながらエルザが発した声であったが、いかんせんいつもと様子が違う。振り向いたエルザの顔に、五戦士たちは目を見開き、このみは怯えて人夢に抱きつき、ハマは頭を抱える。
「民を不安に陥れ、自分ひとりはのうのうと安全に暮らしているとは…何が目的かは知らんが、統治者の風上にも置けぬ…!サイローめ…!」
「え、エルザ君怖…」
「人夢殿ッ!」
エルザが勢いよく立ちあがる。その勢いのためにお盆がひっくり返りかえたが、ベルフェに死守された。アレキサンダーが野生の本能か「シャー!」と空に鎌首をかます。
「絶対!住民たちを!脳喰いから救ってみせましょうぞ!」
「あー…出たわねー、熱血が」
フレイシアが呆れたように、手をパタパタと振った。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西門前 》
「エリィィズ様ぁぁぁっ!…おい!お前っ!もっと早く!引っ張れ!」
ボールのような体型の小男が時代錯誤の白馬に跨りブンブンと両手を振りながら、横で馬を引くボディガードらしき男をせかす。この男こそがサイローである。エルザの表情が引きつり、背後に並ぶ仲間たちも呆れた様子で滑稽なその男を眺めていた。しかし、さらにその背後―傭兵たちに抑えられている外縁都市の住民たちが不平不満を叫び始めた所を見ると、ただただ「滑稽だ」とは言っていられない。

1日前、怒りによってエルザの取った行動は意外と冷静だった。
「赤の国代表との緊急会談の命令」
「えげつない…」とベルフェが呟く中、人夢の家のグラグラする机の上で、ハマによって慣れた調子で書かれたその書類に、エルザがさらさらと署名していく。
「赤の国とブルージュ小国はこちらが格上の同盟を結んでいる…同盟国の命令は絶対だからな。…後は直接せいば…説得してくれる…!」
「エルザ君?今『成敗』って言いかけた…!?」
「そんなに上手くいくもんなの?」
少々疑わしそうにフレイシアが書類を覗き込む。燃え上がるエルザの代わりにハマが答えた。
「同盟国への誠実さを見せるためにも対談は絶対行われるはずです。そして、一度懐に入れてしまえばエルザ様に言い訳はできないでしょう。何せエルザ様の後ろには国王が居ますから」
ハマの言葉に残りの仲間たちが頷いた。

その書類は、門の傭兵への僅かな「駄賃」と共にすみやかに渡され、前項に至る。
「エリィズ様…いらっしゃるのでしたら先に言ってくだされば!」
馬から降りて、エルザの両手と激しくシェイクハンドしたサイローは背後の仲間たちをちらりと見やる。その目がいかにも他人を見下したもので、エルザは余計に気分が悪くなる。
「元々此処へ立ち寄る予定は無かったのでな…」
平静を保ちながら、エルザは答えた。よくよく見てみると、サイローも顔色が宜しくない。見られてはまずいものを見られてしまっているのだから、当然といえば当然かもしれない。
「それよりサイロー…この有さ」
「エリィィィズ様っ!このような場で立ち話も何ですから!ささ、私の城へ…」
ご案内しますぞ!と何か言いたげなエルザの背を押し、サイローは門を潜ろうとする。その際、後ろを―何故かピンポイントにハマを、ちらりと見ながらこれ見よがしに叫ぶ。
「下賤な者と馴れ合う事はありませんぞエリィズ様!女狐の子供などと馴れ合えば、高貴な血が穢れてしまいますからなぁ!」
同時に門が閉じる。住民たちの罵声が響く。確かに今の言葉は彼らにも自分たちにも向けられた言葉だったが、しかし…仲間たちは、上官の背を見送るハマの姿をじっと眺めていた。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西北地区 》
「ギャァァァ!」
断末魔と共にヒョウのような姿の脳喰いが真っ二つにされる。そのまま塵と化す脳喰いに背を向け、鎌を背負ったツォルンが戻ってきた。住民たちから歓声が起こる。
「ありがとうございます救世主様!」
「このみ!フレイシア!行くぞ!」
むすっとした表情のツォルンが、端の方で「いいぞー救世主様ー」と茶々を入れていたフレイシアと、その横に居たこのみに向かって叫ぶ。そのまま1人でずんずん進んでいく。
「何恥ずかしがってんの救世主様~」
「うるせぇ!斬るぞ!」
「俺はいたってマジメなのに~!」
「逆に恥ずかしいんだよ!」
後ろで背をちょこちょこ突き続けるフレイシアとこのみに向かってさらに何か言おうとしたツォルンだったが、特に何も言えず、代わりに出てきたのはあの小男への怒りだった。
「…にしてもあのサイローとかいうオッサン…ムカつくよな」
「本当だよ!下賤とか!しかも…ハマ君にあんなひどい事を…」
このみが俯いて、唇を噛む。ツォルンも頷く。そして首を捻った。
「でも何で…『女狐の子供』って、どういう意味なんだろう?」
「色々あんでしょ、赤の国も…少なくともハマがエルザと国王様とやらと『異母兄弟』で、でも王側近っていう位置で据え置かれてるのは『そういう事』だと思うけど…」
フレイシアが小声で呟いた「そういう事」の意味はツォルンもこのみもよく分からなかった。

《 ブルージュ小国、外縁都市、東北地区 》
「終わったから、出ても構わない」
バラックの引き戸を開け人夢が言うと、避難してきていた住民たちは拍手喝采し、口々に称えた。やはり英雄なのだと、ハマはその姿を眺めながら思った。

エルザがサイローを説得、もとい成敗しに行っている間、無為に過ごす訳にもいかない。五戦士たちは普段の人夢の仕事―侵入してくるとみられる脳喰いの退治をすることにした。2か所同時に脳喰いが現れたので、とりあえずは2チームに分かれている。

しばらく無言で歩き続けた2人だが、人夢はふっと口を開いた。
「ハマ…さんは、自分の命を犠牲にしても赤の国を守りたいと考えているのか?」
立ち止まり、ハマの方を振り返った人夢は付け加える。
「折角助かった命を捨てるような行為は勧められないし、俺もその手伝いはしたくない」
「死のうと思って赤の国に戻るつもりじゃ無いですよ」
迷いなく、ハマが答える。その後少しだけ迷って付け加えた。
「…俺の母は王妃様―エルザ様と国王のお母様の侍女長でした。色々あって…前国王様との間に俺が出来た。バレたら当然大変な事になる。…母は、自分ひとりで全ての汚名を被って、城を出ました」
その言葉で、先程サイローの言っていた「女狐の子供」の意味を理解した人夢であった。本来、存在していてはいけないはずの子供。高貴な身分の人間にとっては「穢れている」とも言えるのかもしれない。たとえそれが、その高貴な人間のわがままであったとしても。
「5歳の時に母親は病気で…だから、俺は本来もっと早く死ぬはずでした。でも、俺の存在を前国王様からこっそり盗みきいたエルザ様と国王に助けられました」
「恩返しか…」
「そんなんじゃないです。ただ…また暮らしたいんです。あの国で、2人と…唯一の家族と」
って、何か自分語りになってしまってすみません。恥ずかしそうにハマが誤魔化そうとする。しかし人夢は僅かにホッとしたような表情を浮かべた。そうしてまた、回れ右をして歩いていく。言葉は無いが、少し嬉しい気持ちになってハマはその後を付いて行った。

《 ブルージュ小国、第2城壁中央、旧王城、応接室内 》
「…これは一体、どういう事だ。サイロー」
エルザは微動だにせず真横に立ったサイローを睨みつける。サイローはエルザの頭に拳銃を突きつけながら、声を裏返らせエルザの問いに答える。
「エルザ様…我々のために犠牲になって頂きたいのですよ」
「成程…はじめからこうするつもりだったか」
考えてきればはじめからおかしかった。普段は気弱で、エルザが嫌がる事―例えばハマの事を挑発する―は絶対にしようとしない。言い換えれば、エルザ以上に彼を恐れさせる「何か」が背後に現れたという事だろう。彼だけではない。先程まで入口に待機していた2人のボディガードもエルザに向けて銃を向けていた。
「…貴様の後ろに誰がいる?」
「それはそれは恐ろしい方が…私は脳をすすられて死ぬなど、絶対に嫌なので…ね?」
サイローの言葉と同時に、背後のドアが開く気配がした。
「ホォリィ様は『全員揃うまで手を出すな』なんて言ってるけど、捕まえられる時に捕まえた方が早いでしょ?…それにアンタは物凄く重要な役割を担ってるしね」
幼い声がして、思わず振り向いたエルザは歯をギリっと食いしばる。巨大なヒョウのような脳喰いに乗った少年…どこにでも居そうな、ごく普通の、生意気そうな少年がエルザに笑いかける。横を見ると、サイローが引きつりながらも、勝ち誇った表情を浮かべた。
「何故…脳喰いなどと手を組んだ!サイロー!」
「言ったでしょう。わ、私は死にたくないのだ。それに、下賤の人間を与えれば我々には手を出さないというのだからな…」
「貴様ッ…!」
エルザが叫びかけ、サイローが不愉快な笑いを浮かべた瞬間だった。
ドサッ…
背後で何かが倒れる音がした。2人が同時に振り向く。先程まで銃を構えていたボディガードの1人が倒れ、別のボディガードが頭に顔を埋め―おぞましい音を響かせている。
「…は?」
サイローが腰を抜かし、その場に座り込む。拳銃が手から滑り落ちる。やがて立ち上がったボディガードは口元を拭いながらサイローに銃を向ける。サイローが慌てた様子で少年を見上げる。何かいいたげに口をわなわなとさせているが、まともな言葉は出てこない。そんな小男を、いかにも見下したような表情で少年は見つめていた。
「ホォリィ様の『おもちゃ』が手に入るのも時間の問題だしね。もう人間は用済みだよ」
すがりつこうとするサイローをボディガードが制し、その様子を見ながら少年はエルザに笑いかける。
「さぁ…いっしょに見物しようか。この国と…あんたらの『終わり』をね」
どこから湧いたのか、部屋には5匹程のヒョウ型脳喰いがうろついている。エルザは少年を睨みつけた。睨みつけるしかなかった。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西南地区、アパート2階、人夢の部屋 》
真夜中の暗闇の中。椅子に座った人夢はドアをじっと睨みつけ「奴」を待っていた。他の4人は近くの大通りに停めたLove&Peace号に戻っており、部屋は静まり返っている。
不意に、ドアが軽く叩かれる。人夢は座ったまま声をかけた。
「誰だ。…このみか?」
人夢の問いを無視し、扉が粉砕された。
しなやかな動きで「奴」―ヒョウのような脳喰いが3匹、部屋に飛び込む。同時に「傷つけても良いが殺すな!」という聞き覚えのない男の命令が聞こえる。不意打ちの攻撃―「奴」らはそう考えていたようだ。だが人夢にとっては想定内の事態であった。
「なっ…何だ!?」
3匹の脳喰いたちは見えない何かに縛られ、宙に浮いた。そのまま部屋中央で動けなくなる。背後で命令をしていた男―見覚えがあった。確か西門で傭兵をしていた男だ―は想定外の事態に慌てふためき逃げようとしたが、頭を強く殴られ、そのまま前のめりに倒れこんだ。
「無光さ…うわっ!?」
男の背後から現れたハマがは拳銃を1丁持っていた。このトリガーで殴りつけて気絶させたようだ。部屋の中で宙釣りになる脳喰いの姿を認め、驚いたような声を上げる。しかし、すぐにトリックは分かったらしい。
「これは…糸、ですか?」
うすぼんやりと闇に鈍く光るものがあった。それをハマの指がなぞる。
「ワイヤーだ。こうやって相手を縛り付けたりする。…それより、君が此処に居るということは…」
「Love&Peace号にも襲撃がありました。…知りませんでした。脳喰いって俺みたいな普通の人間でも気絶させる事は出来たんですね。外の傭兵たちは全員ヒューマン型だったらしくて、今ツォルンさんとフレイシアさんが倒しに行っています。このみさんは住民の避難を誘導しています」
脳喰いを気絶させるのだって本来難しいはずだが…ハマへの評価を改める人夢であった。
「国内はどういう状況なんだ?」
「国中にこの脳喰いと同じものが溢れかえっています…しかもそれが、第2層の方から全部来ていて、逃げ場が無いんです…エルザ様も恐らく…」
「…分かった」
ハマの言葉を遮り、人夢が立ち上がった。すぐ横に立てかけてあった鞘を手に取ると、太刀を抜き、抜いた勢いのまま一閃させる。彼が太刀を収める一瞬前に、宙に浮いた脳喰いたちと倒れていたヒューマン型が塵と化した。
「ハマさん。ちょっと一緒に付いてきてくれないか…第2層まで」
どうやって斬ったんだろう…と足元に倒れていた男の忘れ形見と人夢を交互に見ていたハマが、表情を引き締め「はい」と答えた。

《 ブルージュ小国、第2城壁中央、旧王城、屋上 》
第2層のあちらこちらから悲鳴と唸り声が聞こえてくる。第1層の様子は分からないが恐らく似たようなものだろう。いてもたってもいられなくなったエルザが、椅子に縛り付けられたままもがき、再び椅子ごとこける。その音を聞きつけ、殺戮を眺めていた少年が呆れたような表情でこちらへやって来る。
旧王城の屋上は、石造りの円形広場である。365°のパノラマで、第2城壁内全体を眺めることができた。囚われたエルザとサイローは広場中央に椅子ごと縛られた状態で据え置かれていた。ここからこの屋上広場入口までは西に30メートル程か。足が自由なら根性で走っていけたかもしれないが、残念ながら足も縛られていた。
少年は耳元で舌打ちしながら「うんしょ」とエルザの身体を椅子ごと立てた。
「も~。大人しくしてなって。あんたホォリィ様の実験材料なんだからさ。あんま傷物になるとこっちが困るよ」
「…実験材料?」
「ネタバレしたら面白くないじゃん?こっちのオッサンみたいに大人しくしてなって」
そっちのオッサンことサイローは、ただただ恐怖のあまり茫然としているだけである。エルザは思わずその姿を視界に入れてしまい、自分の表情がゆがむのが分かった。敵に魂を売る人間の姿を見るのはたまらなく嫌だった。それもいち小国の統治者ともあろう男がである。
「それに…お客さん来たからさぁ。いい子にして待っててよ」
少年が唇の端をきゅっと引き上げ、獲物を見つけた肉食獣の瞳で入口を睨む。エルザは彼の目線の先へ必死で首を傾ける。いち早く騒ぎ始めたのはサイローだった。
「おおおおお!た、助けてくれぇぇ!死にたくないっ!なんでもするから助けてくれぇ!」
入口に立つ人夢はその声を聞いてか聞かずか、太刀の柄に手を遣りながら前進する。少年もまた、表情はそのままで人夢に近づく。
「余裕だな。1人とは」
「だって…僕は強いからっ!」
言いながら、人夢に向かって物凄い跳躍力で飛び込んだ少年の右腕が、彼の胸中央を貫通する。サイローが「ひぃぃ!」と悲鳴を上げる。鮮血と共に引き抜かれた腕が鋭い鉄状の物体と化している。少年は勝ち誇ったように笑った。
「ほらね!あんたなんて腕一本…で?」
よろけた人夢の両腕が、少年に向かう―白銀のワイヤーに姿を変えながら。
「敵を完全に倒すまでは驕るな…戦いの基本だ」
「んな…!?」
少年の身体はワイヤーにより縛られた。激しく暴れるほど、身体に巻き付いて離れない。そのまま倒れこむ。入口から走ってきたハマがエルザの縛めを解いていく。「先に私を助けろ」と叫ぶサイローをよそに、エルザが驚いたような声を上げた。
「ハマ!?何故ここに?」
「無光さんの手伝いで…それよりエルザ様、そのお怪我は」
「自分でこけた分だから問題は無い」
幻術の後ろから現れた人夢が、少年の首元に太刀の切っ先を向ける。
「行儀は悪いが、話は隠れて色々聞いた…さっき言っていたホォリィというのが、君のボスか?エルザさんが『実験材料』というのは、どういう事だ」
「そうだ…これまで何度も聞いてきた」
縛めを解かれたエルザがハマに支えられながらゆっくりと少年に近づく。
「救世主ホォリィ…螺旋の民…ホォリィの『おもちゃ』…全て、関係があるのか?赤の国の襲撃と関係あるのか!?」
俯いた少年の肩が震えている。微かに息が漏れる声が聞こえる…彼は笑いを堪えていた。
「…本当に、鈍いね。やっぱ僕らの事なんか少しも覚えてない…あははっ!」
完全なヒステリーだった。少年は笑いながら、切っ先など気にせず、勢いよく立ち上がった。
「あんたは!統治者のくせに『螺旋の虐殺』を知らないんだ!橙の国がどうなってるかも?世の中本当に冷たいね!あははっ!!」
唐突に出てきたいくつかの単語に、脳が付いていけない。エルザとハマは問い返そうとした。しかし少年は気にせずに言葉を続けた。
「…でもホォリィ様は、僕たちを救ってくれた。もっともただ『おもちゃ』が欲しいから、『わるものあそび』計画をしてるんだろうけどね…でもそんな事どうでもいい」
少年はエルザを睨みつける。瞳の奥に、復讐の炎が燃えている。
「ホォリィ様が…『螺旋の民』の五柱様が…お前たちに天罰を下してくれる…きっとね」
少年の身体が異形のものへと変化する。全身から鋭い刃が生え、ワイヤーを断ち切る。そして、その動きにくそうな身体のどこから出てくるかわからないスピードで、エルザとハマへ向かっていく。丸腰のエルザを庇うようにハマが前に出る。しかしハマに―当然エルザにも、その刃が向かう事は無かった。
「…理性を失ったか」
白銀の光を帯びた瞳。全身に纏った同じような強い気配―ツォルンの時やフレイシアの時と全く同じだった。五戦士としての力を解放させた人夢の身体は、いつの間にかハマと少年だった脳喰いの間に入り、凶刃から背後の2人を守っていた。脳喰いは飛びのき逃げようとする。しかし人夢はそれを許さなかった。
脳喰いの背に向けて、白銀の光を帯びた太刀―いや、蛇腹剣が真っ直ぐに伸びる。
そのまま先程の少年の攻撃のように、脳喰いの身体の中央を貫く。
脳喰いの腕が救いを求めるように天に伸ばされ―そのまま白い塵と化して消えていった。

《 ブルージュ小国、外縁都市、西門行き大路、『Love&Peace号』内 》
「…で、今エルザは嬉々としてサイローを折檻してる…って事で良いの?」
「そしてハマさんがレフェリー?」
呆れ顔のフレイシアとベルフェに人夢が無言でこっくり頷く。このみはニコニコと微笑む。
「まぁ、何にしても良かった!第2層で暮らせるんだもんね!結果オーライだよ」
脳喰いを倒した後…縛られたままのサイローはエルザ、ハマ、人夢の3人に囲まれ第2層に第1層の住民たちが暮らす事を了承させられた。脳喰いを倒す力を持つ人夢に恐れを成したのか、それとも少しでもエルザにいい顔しておこうとしたのかは定かではなかったが。しかしその後は「その根性を鍛えなおす!」と般若の表情を浮かべたエルザと、頭を抱えたハマに引きずられつつ、どこかへ連れ去られてしまったが。
バスの外では、第2層への移住のために長蛇の列が出来ている。このみはそれを見てニコニコ笑っていたのだ。しかし、他3人は浮かない表情を浮かべていて、彼は首を捻る。
「どうしたの?」
「…ずっと思ってたんだけど。今回の脳喰い騒動って、500年前とかちょっと前とかと雰囲気が違う気がするんだ…組織的というか…」
ベルフェが腕を組んだ。フレイシアもソファに座ったまま頷く。
「…それにヒューマン型が多い気がする。それも、私たちみたいなこう…それまで普通の人間だったけど違うもの…脳喰いになってる、みたいな」
「このみ」
人夢に唐突に声をかけられ、このみが思わずびくっとする。他2人の目線もこのみへ向かった。
「凄く…嫌な予感がする。君の背に災厄の兆しが見える…このみ、何か隠してないか?」
このみが一瞬押し黙る。しかしそれも本当に一瞬で、またいつも通りの調子に戻る。
「だ…大丈夫だよ!何もないよ!」
これは何かあるなと3人全員が思ったが、あえて聞かなかった。
「まぁ…あんまりマイナスに考えてもしょうがないか」
ベルフェは小さくため息をつきながら微笑む。
「…何にしても、早く2人と…ことばとマウリッツさんと合流しないとね」
その言葉に、他の3人も力強く頷いた。

五戦士集結まで、あと2人…

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バビロン

読んで結構経っちゃって・・・。
サブタイなくなっちゃうんですね・・・。
結構好きだったんだけどなー。
by バビロン (2011-11-17 21:22) 

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